お金がない。でも死のうとは思わない。
冬の空はなんとも清々しい。寒いけど。乾燥するけど。でも、気持ちの良い朝。
こんな気持ちのよい朝でも、気分ののらない日は気持ちよさにも気づかないね。あの暗黒時代は朝の気持ちよさにまったく気づかなかった。20歳前後の借金漬けの時ね。
今ですら、「ヤバイ。お金ない。どーしよ。」ってことが投げ銭してて多々あるし、今も売掛金の入金がなかなか入ってこなくて払いたいのに払えない状態だったりするんだけど、過去のそれと大きく違うのは心の持ちようなのかなと思うのです。
昔はお金のことに限らず「もう、なんともならないかもしれない」って思ってばかりだった。なんともならないかもって思うから死にたくなるんだろうし。
そんな時は気持ちのよい朝にも気づかず、毎日が同じことの繰り返しだってことに気づかず、眠れないし考えてばかりだったけど、結局悩んだってなんの解決にもならないから意味がないことに気づくわけです。
でもあの時は動けなかった。
で、なんで動けなかったかっていうとブレーキをかけるものがあった。それは
- 変なプライド
- なにかが起こるかもという恐怖
- 見えない未来への不安
- 見栄
そんなものかなぁ。やりたいことをやるには、時に恥じらいなんか捨てなきゃいけない時があって、頭を下げなきゃいけなくて。
(頭下げすぎて呆れられてる感はあるけど´д` ;申し訳ないとしか言いようがない)
先日法事で住職さんが般若心経読んでた。初めて生で聴いたかも。無にならずにずっと読んでる文字を追いかけてた。結果途中無になったけど。
まぁいいや。
やりたい。でも転びたくない。
そんな都合のよいことはなくて、何度もコケなきゃ自転車には乗れないわけです。
それに気づかなかったなぁ。
コケることがカッコ悪いって思ってた。
カッコ悪いのは変な安っぽいプライドなんかもってなにもしないで文句ばっかり言うことだったの。
頭の中がごちゃごちゃになって「あー!もう!」ってなって。でも結局結果はなにも変わらない。
考えてたってなんの意味もないんだって。
そりゃそうだ。「おにぎり食べたい!」って思ってたって目の前におにぎりなんかぽんって現れないね。
「お金がない。ヤバイ。もうだめだ。」
そんなことを思っていた過去。
「お金ない。でもなんとかなるし、なんとかする」
って思ってる今。
入ってくるお金の量も変わった。得られる運やチャンスも確実に増えた。そして晴れた朝の気持ちよさにも気づけるようになった。
目の前の世界は自分の脳みそが作り上げてる。
なかなかコントロールするのは難しいけど、自分が変われば周りも変わるってのを実感したアラフォーの今日この頃。
そうやって自分に言い聞かせて脳みそをコントロールしている、3桁に近い額の入金を首を長くして待つ今日この頃。
大丈夫。なんとかなるし、なんとかする。
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