8人目、9人目。小学生だった僕の心をかき乱した2人。
ちば家のお墓は秋田県大館市にある。小学生の時、毎年夏休みになると車で10時間かけて東北道を進んだ。福島に入ると、左手にみえる山と1つの湖が現れる。それが安達太良山と猪苗代湖だ。
毎年通過するこの地。この2つの地にゆかりのある人物が2人いる。それが彫刻家で詩人の高村光太郎と医師で細菌学者の野口英世である。
東京には空がないといふ
東京を出発して福島を通過する。小学生の僕はこの長く退屈な時間に遠い景色に目をやることが多かった。「安達太良山の向こうの空がやけに綺麗だ」そんなことをなんとなく思っていた時、“智恵子抄”という詩集に出会った。僕が文章を書くきっかけになった詩集でもある。
その詩集の中の1つ。
“あどけない話”
智恵子は東京に空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、
切つても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながら言ふ。
阿多多羅山あたたらやまの山の上に
毎日出てゐる青い空が
智恵子のほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。
「東京には空がない」このフレーズを聴いて東京に住んでいた僕は毎日空を眺めるようになった。空はいつもそこにあるのに、「空がない」とはどういうことなのか?
でも今、福島ではないけれど福井に住むようになって、ようやくその意味がわかってきた気がする。空が好き。僕のこの勝手でわがままな気持ちはいま、3人の娘の名前に“空”がつくことで表現されている。
あの日から僕は、文章を書くようになった。
「空がない」という表現が今でも忘れられないんだ。
僕の心をかき乱した高村のもう1つの詩。
“道程”
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちにさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄(きはく)を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため
僕たちはいつでも道の最先端にいる。大きな道があるわけでもない。目的地へ繋がる道が見えているわけでもない。歩いた道が後ろに道を作ってゆく。
小学生の僕にはどんなことなのかわからなかった。でもいま後ろにできた道は道の最先端に立つ僕を形成していることに間違いはない。明日また道は伸びる。それが良いものですあるように今日を生きるんだ。
冒頭の写真は、十和田湖にある高村光太郎の傑作「乙女の像」の前で。
ハンディキャップを乗り越えて世界を救う。その裏にあった母との愛。
医師で細菌学者の野口英世
『名門!第三野球部』という漫画を描いていたむつ先生がこの野口英世の物語を描いた漫画かっこ『Dr.Noguchi』で僕はこの人物を知ることになる。
清作とシカの愛の物語は、本当の話なのになんだかそれよりもリアリティを感じるくらいドキドキした。「清作」とは改名する前の英世の名前であり「シカ」は母親である。
シカが目を離した隙に囲炉裏に落ちた清作は左手に大火傷を負った。握ったままの形になった左手になった清作はイジメにあう。
決して裕福な家庭ではなかった。それでもシカは清作を愛し続けた。その愛を受け続けた清作は英世と改名して医師になるが皮肉にも研究していた黄熱病にかかり死去。
この一連の物語を読んだあと、ハンディキャップについて思いっきり考えさせられた。そして、ないものに執着せずコツコツと信念を貫き行動することがいかに人生を動かし誰かの役に立つのか?ということは小学生の時の僕にはテレビのCMのようにサラッと流れたはずだったけど、今になっては心に焼き付いていたんだと感じることが多い。
小学生の時に心をかき乱したこの2人の人生は、確実に僕の後ろにできた道の中で大きなきっかけになっている。
たまたまなのかもしれないけど、長女が野口英世の伝記を借りてきて「福島に行ってみたい」と言った。
僕の小学生の時の気持ち。それを思い出すためにも、子供たちにも安達太良山の上の空と野口英世の軌跡を見に行こうと思うんだ。
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