人間は崇高でダサい生き物だ
大分県の臼杵市ってとこに崖の斜面をくり抜いて造った『石仏』っていうのがあるんです。
もちろん、崖に仏がいつの間にか現れたわけではなくて人間が仏を彫り刻んだんだけど、自然の中に人が手を加えて表現した人工物であることは間違いない。
僕がここに行った3年前、この石仏の修復作業が行われていたんだけどどこか違和感を感じたんです。
人が自然と命の灯火を消していくように、人工物だったとしても自然とともに消えていったほうが美しいような気がして。
よく考えたら人間だって″思考″できる高次の自然物。神が光を与えていきなり構築されたものじゃなくて(宗教によっては違うけど)長い長い果てしない年月をかけて出来上がり進化した自然物。
石仏のように自然と一体化して消えていくのが美しいしニュートラルな感じがするんだけど、やっぱり″思考″がそれを邪魔してる。
いつまでも死にたくないって思うし
年取りたくないってアンチエイジングするし
命を脅かすものに命をかけて闘うし
人間ってそんなところが素晴らしくてダサいなって思える。
この石仏だって、仏っぽい見栄えだからこうやって線香を炊いて手を合わせるんだけど、例えばう○この形が刻まれてたら手なんか合わせないね。もしかしたら「う○この神様」って思って崇められるのかもしれないけど。
つまりなにが言いたいかっていうと
「人間のエゴってすげーな」って思う。
こうやって命の危険に直面すると、必死に命を守るために命をかけるんだもんね。
アリンコなんてそんな人間に一瞬で踏み潰されてるのに。
なんとなくふと石仏を思い出して考えためんどくさい思考。
我思う、故に、我あり
この状況をどう思うのか?は自分次第なんだよね。
あー。やっぱり石仏は自然とともに消えてほしいなって思うけど、観光地としては文化的人工物としてなんとしてでも守りたいよね。
人間のエゴってすげー。
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