→←矢印の向く方向で決まる現在の幸福感
もうじき1歳半になる三女は、「今、この時」を全力で生きている。
それは、振り返るほどの過去は少ないし、未来を予測できるほどの経験がないからなんだろう。
僕たちはどうか。
過去ばかりに執着して失ったものを必死に拾い集めにいくし、わからない未来を自分のステレオタイプで怖いものにして保身に走る。
いったい、僕たち大人はなにをやっているんだ。と思う。
過ぎ去った過去のしがみつけばつくほど人の足取りは重たくなって、嘆いて、振り返ってばかりいる。そしてその過ぎ去ってしまったものをあたかも誰かのせいかのように世に唾を吐きつける。
こんなことがなければ
あの時こうしておけば
後悔は決して先に立たないことを知っているのにね。
時間の流れは過去から未来なんだと考えれば、過去の出来事、苦しみが未来も苦しくしていくと考えるのは自然なことなんだと思います。
でも、アドラーさんは逆の方向を示した。
未来は今、この時から作っていける。
人に執着すればその人に苦しめられ
土地や建物に執着すればそれに苦しめられ
状況や環境に執着すればそれに苦しめられ続けるのに、それがわかっているのに人はそこから抜け出せなくなる。
なぜか?
それは自分の感情がそうさせているから。
自分の感情を変えない限りは苦しい事実からは絶対に抜け出すことはできない。
どんな状況だろうが、自分が楽しいと思えば楽しいし、楽しくないと思えば楽しくないんだよね。
それは他人が決めることじゃない。
いつまでたっても自分自身が決めること。
つまりは
自分さえ変えることができれば、いつでも喜びや楽しみはスタートするってことなんです。
いつもキリキリと怒っている人は
キリキリと怒りたい人生なんだと思う。
いつもイライラしてる人は
イライラしたい人生なんだよね。
病気自慢は病気である自分でいたいし
鬱の人は鬱でいたいんだ。
そこから抜け出したいのなら、
「今、この時」から不幸をやめることなんだ。
そう思います。
0コメント